2014年8月14日木曜日

三浦 翔 (eggfalcon3) on Twitter

[World News #076]ペドロ・コスタ監督最新作『Horse Money』 ロカルノ国際映画祭でペドロ・コスタ監督の最新作『Horse Money』が上映されました。今回は、そのレビューが海外情報サイトIndiewire上にて発表された(注1)ので要約をさせてもらいながら紹介します。   ペドロ・コスタ監督はこれまでに戦時の心的外傷や問題を抱えた集団について、いくつかの映画を撮ってきました。その中でもっとも新しいのは、2006年の『コロッサル・ユース』です。この映画は、フォンタイーニャス地区の貧しい住民にカメラを添え、カーボ・ヴェルデ諸島出身である移民の苦境を捉えている三本目の作品になります。ヴェントゥーラが街を徘徊する姿を凝視することで、映画は彼の問題の存在を熟考し、同じ問題を扱った『骨』、『ウ゛ァンダの部屋』に続く非公式の三部作のひとつとなりました。 そして、その三部作に続く四作目として『Horse Money』を位置づけることが出来るでしょう。映画は、ウ゛ェントゥーラによる魂を探すかのような彷徨によって、別の角度でフォンタイーニャス地区の貧しさを捉えます。この映画は、これまで撮られた三作と比べて、より映画による詩的な力を持っていると言えます。 コスタ監督は、オープニングのカーボ・ヴェルデ諸島が激動した時期の写真をモンタージュさせることで、すぐさまに歴史的な記憶と不確かな存在を結びつけます。ただし、静かに、複雑に物語がどんどんと立ち上がるように、対象と距離を取らせるやり方でこれらのイメージは組み込まれます。 ウ゛ェントゥーラのゾンビのような意識がここにない目や、誰もいない通りを放浪したり、彼の昔の工場に向かったりする姿は、この映画がまるでホラーを演出しているかのように思わせます。ですが、それは驚くことではありません。彼が撮ってきた映画は、恐れが空間を覆い尽くす過程を拡大して見せているのですから。そうした陰気なフレーミングにも関わらず、『Horse Money』は人生を映します。過去からの歌が歌われる数々の場面で、ウ゛ェントゥーラは昔の家族や仲間に再会する、といったようにです。音楽は、この不安にさせるような映像の集まりを貫きまとめます。コスタは、歌詞によって一人の人間以上のものまで取り込もうとします。 こうした映画の作り方は、過去の外傷によって囚われた状況を続けるためではなく、世界を進んで受け入れるような状態を作り出すようなこととも言えます。ただし、それは歴史は避けられないものとして、ただ別の問題を突き付けるだけにもなり、過酷な支払いを求めるようなことでもあります。ただし、そうした重たい交換は究極の清算への賭けなのです。コスタ監督が映画監督として循環して何度も撮り続けることとは違い、ウ゛ェントゥーラの謹厳な眼差しは彼が苦しみを受け入れらる日への闘いへの眼差しなのです。 『Horse Money』はロカルノ国際映画祭でプレミア上映され、今後ニューヨークフィルムフェスティウ゛ァル、トロント国際映画祭で上映されます。日本での公開はあるのでしょうか。 三浦 翔 http://ift.tt/1ofDLiA (注1) http://ift.tt/1rucCLH (参考) http://ift.tt/1rucETI 『コロッサル・ユース』日本公式サイトhttp://ift.tt/1rucCLM 『ウ゛ァンダの部屋』日本公式サイトhttp://ift.tt/1rucETK

from inside IndieTokyo http://ift.tt/1ofDLiA

via IFTTT

0 件のコメント:

コメントを投稿